RSS
ホーム > ASP事情(国内) >

ネット広告サービス比較

アフィリエイト・マーケティング協会
サイトキャッチャー

誰でもできる!ブログで簡単!アフィリエイト

アフィリエイトに役立つジャンルの本

このランキングは、当サイトのどのページにリンクしていただいても反映されるようになっています。
アクセス解析

【国内】リンクシェアジャパン三周年記念シンポジュウム開催。取扱高300億円達成までの軌跡 (第一部)

投稿者 石川洋一 2004年04月15日 13:37

リンクシェアジャパンは2001年3月にアフィリエイトプログラムのサービスを開始している。
それから丁度3年後、2004年4月14日(水)、霧雨が舞い、数日続いた暑さが一休みして、薄着の一枚も重ねたい肌寒い外の空気とは裏腹に、三井物産本社の地下一階多目的ホールは、300名の出席者で、熱気に溢れていた。

リンクシェアジャパンの三周年記念シンポジュウムは、午後3時、定刻に、メディア事業部インターネットサービス事業室長・大泉克彦氏の挨拶に続き、リンクシェアプロジェクトマネージャーの花崎茂晴氏の「1年間の活動報告」で始まった。

・マーチャント数(参加企業数)150社
・アフィリエイト数25000サイト(うち、法人サイト3割)。
3年間の成果である。

これらの数値は他のASPに比較して決して驚くものではないが、承知のように、これらの数字はセレクトされた計算ずくの経営戦略の上に成り立っている。昨年度、2003年の売上高300億円。2004年3月の単月売上35億円。他の大手のASPの売上高には、提携先の楽天の売上が含まれていることを考えると、楽天抜きの、いわゆる「真水」の数字としては、出色ものである。

リンクシェアジャパンの経営戦略の一端を伺わせるのが、ここ1年間のマーチャント数の伸びである。昨年の3月、マーチャント数は120であった。現在150社だから、数字的には、1年間の伸びは ”たった”30社である。参加希望の企業が少なかったわけではない。選択した結果、「選ばれた企業」が、30社だったのである。

●アフィリエイトプログラムを著名企業に知らしめた功績。
リンクシェアの開業は、他のASPに比較して、若干遅れ気味であった。バリューコマースは1999年11月にオープン、A8ネットは2000年3月にオープンしている。しかし、この当時のアフィリエイトプログラムに対する世間一般の認知は決して高いものではなかった。そもそも、「アフィリエイトプログラム」という、舌をかみそうな呼び名からして、人々にアピールするにはほど遠いものであった。ましてや、その仕組みとなると、当時のインターネットの普及度の問題もあるのだろうが、一般の人には理解されにくい内容である。誤解を恐れずに敢えて書くと、巷間云われる、「おんな子供」クラスの人に理解して貰うのに、二回や三回の説明では分からない、一週間かかったなどという話しはざらであった。

覚えられない名称、そして、分かりにくいシステム・・・。今になれば、「何で?」と、思われるようなことだが、当時の世間のネット水準からすると、どれをとっても普及のさまたげになるような要因を含んでいた。インターネットの専門誌には時々、「アフィリエイトプログラム」の記事が載ることもあったが、まずまれで、知識を蓄えようにもその手段が乏しかった。各ASPがアフィリエイトプログラムの講座を開いて、その理解度を高めるために知恵を絞ったものである。

IT関連の記事が比較的に多い日本経済新聞にしても、年に数回、アフィリエイトプログラムの記事を載せたが、「アフィリエイトプログラム」と、そのままズバリと表現するようになったのは最近のことである。それまでは、「販売パートナープログラム」とか、「提携プログラム」とか、別の表現で、言い表そうとしていたのである。しかし、どれも普及するに至らず、結局、「アフィリエイトプログラム」「アフィリエイトマーケティング」に落ち着いて行ったのである。

このような情勢の中で、リンクシェアは、バックにある三井物産という日本を代表する商社の存在がそうさせるのだろうが、顧客ーーマーチャントのターゲットを、明確に日本を代表するネット企業に絞り込んでいった。しかし、このような企業の保守性からいって、アフィリエイトプログラムを理解させ、参加させるには、並大抵の労苦ではなかったろうと推測できる。

しかし、これらの著名企業がアフィリエイトプログラムに参加していくことによって、今まで、敷居の高さが感じられたこのマーケティング手法も、一気に、その高さが取り払われ、「販売支援ネットワーク」として、認知されることになったのである。


●筆者に、アフィリエイトプログラムをゼロから教えてくれた、リンクシェアUSA。

じつは、この話、このサイトにも何回か書いており、また、アフィリエイトプログラムのセミナーなどでも話しているので、またか、ということになりそうだが、筆者にとって、リンクシェアUSAは忘れられない存在なのである。しかし、この話を抜きにしては、リンクシェアジャパンとの「なれそめ」を語れないので、また書かせて頂く。

「アフィリエイトプログラム」とは、縁もゆかりもなかった筆者が、このプログラムにのめりこむきっかけになったのには、二つの出来事がある。

まず、第一が、ある英語関係の専門学校の経営に携わっていたときのことであった。英語の先生が急に休講になり、幾らか英語が分かるからということで、ピンチヒッターに立たされたのだが、調べたこと以外に答えられる自信がなかったのに、こう言うときに限って、普段、おとなしい生徒が質問などしてくるのである。その質問が「先生、affiliate program とはどういう意味ですか?」というのである。まったく偶然にも、数日前、辞書を引いていたら、associate の同義語に、affiliate があるということを、チラッと見ていたのである。それで、「affiliate には、提携という意味があるから、提携して、仲間になって行うプログラムのことだよ」と、分かったような分からないような回答でその場をごまかしたのである。

このことが、気になって、帰宅して afiiliate program を調べてみたら、新しい、マーケティング手法の一つらしいことが分かった。アメリカではかなりの資料があるのである。興味を覚えて深追いしてみたら、その手法を使ってビジネスをやっているのが、アマゾンドットコムであり、そのシステムを運用しているのが、リンクシェアという会社であることが分かった。

1998年の後半から、1999年の始め頃のことだった。日本には、アフィリエイトプログラムに関する資料らしい資料は殆ど無く、筆者はアマゾンUSAと、リンクシェアUSAのアフィリエイトになり、そのサイトからアフィリエイトプログラムに関する参考資料を全部プリントアウトして、その概要に触れることが出来たのである。以上が、筆者とアフィリエイトプログラムとの出会いであった。


●次に第二の出来事である。
興味はつのるばかりなので、ある日、リンクシェアUSAにメールを送った。
「日本であなたのアフィリエイトプログラムというシステムを普及させたいのだが、どうだろうか?」という趣旨であった。今考えれば、何ともお笑いぐさだが、当時は大まじめだったのである。数日後、返事があり、「日本におけるオペレーションに関しては、三井物産にまかせているので、そちらにコンタクトして頂きたい」と、云うものであった。そして、コンタクト先が明示してあった・・・。

天下の三井物産が、アフィリエイトプログラムに興味を示している・・・。意外というか、まったくの驚きであった。筆者は早速その連絡先に電話を入れ、そのオフィスを訪れることになったのである。三井物産というから、本社の大きなビルをイメージしていたが、訪れたところは、やっと探し当てた、小石川にある薄ぼけた小さな事務所だった。これが、リンクシェアジャパンプロジェクトとの出会いであり、花崎氏とお目にかかった最初であった。正式にオープンする1年くらい前のことだったろうか。当時のスタッフは、花崎氏と、現在、アフィリエイトマネージャーをされている梅村敦子さん、そして、技術者一人の計3人であった。

このように、リンクシェアは、筆者がアフィリエイトプログラムを学んでいく上に、多くのことを教えてくれた「講師」のような存在であった。花崎氏が「リンクシェアのアフィリエイトプログラムは、知れば知るほで、奥が深く、実にうまく作られている。これを日本に移植するのは容易なことではないですよ」と、云われていたのを覚えている。花崎氏は、アフィリエイトプログラムを日本に持って来るに当たって、アメリカの数社のプログラムをチェックし、リンクシェアに白羽の矢を立てた事情などを話しておられた。

こうした、準備期間を経て、リンクシェアジャパンはオープンにこぎつけるのだが、これが、また、とんでもない試練の中での船出となるのである。

●ITバブルがはじけて、逆風吹きまくる中でのスタート。
いま、リンクシェアジャパンが2001年3月にスタートしました、と言っても、「ああそう、時期的に良かったのじゃない。良くがんばってるね」で終わってしまいそうだが、実は、この2001年の初頭というのはとんでもない年だったのである。

2001年、それは、アメリカでITバブルがはじけた年であった。特に、アフィリエイトプログラムに携わるASPにとっては、逆風が吹き荒れた年であった。特にリンクシェアジャパンの場合、本家がアメリカにあるだけに、その影響はまともにぶつかった来たのではないだろうか。外部からはうかがい知れない、さまざまの葛藤があったのではないかと想像するだけだが、そのうち、ぜひ、ご当人の口から聞いてみたいものである。

特に、リンクシェアUSAに逆風が吹きまくった時期であった。アフィリエイトプログラムのパイオニアだけに、その風当たりは、特に強かったようである。とにかく、アフィリエイトプログラムの総帥であるだけに、その一挙手一投足がニュースになった。
(これらの記事は、主として、Affiliate Handbook というサイトを始め、幾つかのアメリカのニュースレターからの引用であったが、Affiliate Handbookのアーカイブがまだ、運営されていて、当時の情報がナマで見れるので、興味のある方は、ご覧になって頂きたい。アフィリエイトプログラムの歴史が蘇ってくるに違いない。
http://www.affiliatehandbook.com/ )

当時の状況を、このアフィリエイト・ポータルネットから幾つか拾ってみよう。

(次回に続く)

このエントリーのトラックバックURL
http://www.affiliateportal.net/mt/mt-tb.cgi/407


このページの先頭へ戻る