RSS
ホーム > ASP事情(国内) >

ネット広告サービス比較

アフィリエイト・マーケティング協会
サイトキャッチャー

誰でもできる!ブログで簡単!アフィリエイト

アフィリエイトに役立つジャンルの本

このランキングは、当サイトのどのページにリンクしていただいても反映されるようになっています。
アクセス解析

リンクシェア・ジャパン、花崎社長の9年とアフィリエイトマーケティング その1

投稿者 石川洋一 2009年04月27日 10:35

4月24日、リンクシェアジャパンは社長交代の人事発表を行いました。リンクシェアより大事な記者会見があると連絡を受けたとき、瞬間、「花崎社長が、交代されるな」ということが頭をよぎりました。

「リンクシェア」は、2001年4月、三井物産の社内ベンチャープロジェクトとして出発しましたが、花崎氏は一貫してこのプロジェクトの責任者として、アフィリエイトマーケティングを日本に紹介し、根付かせることに力を注いでこられました。

丁度時期を同じくして、筆者は、偶然、海外のネットビジネス動向に「アフィリエイトプログラム」なるものがあることを知り、それら横文字のアフィリエイト情報を「縦に直して」アフィリエイトプログラムの情報サイトを立ち上げました。このアフィリエイトポータルネットの前身の前身に当たります。

(アフィリエイトポータルネットには、2000年8月からの記事が載っています。前身の前身、「パートナープログラム」の立ち上げは1999年の始め頃でした)

日本にアフィリエイトの「ア」の時もなかったこの時代、目的、内容は異なりますが、このプログラムの紹介に力を注いだという点で、花崎氏の見通しと似ていたということに若干の自負を感じています。

筆者は、海外情報を探る中で、リンクシェアUSAの存在を知り、このプログラムを日本に是非紹介したいとの思いから、同社にメールを送ったのですが、その返信で、三井物産がリンクシェアにアプローチしていたことを知りました。

天下の大商社がこのプログラムに関心を示していることを知り、このプログラムの紹介に自信を持ったのですが、このリンクシェアUSAからの返信が、花崎氏との接触のチャンスを作ってくれました。

既にこの件については、何回も書いているのですが、筆者が本郷のビルの6階だか7階の薄暗い小さなオフィスに花崎氏を訪ねたとき、「今週末にまた、アメリカに行ってきます」とリンクシェアとの契約交渉の真っ最中であることを漏らしていました。

その時期から足かけ9年、リンクシェアは大きく成長し、三井物産が手がけた幾つかのインターネットビジネスの中で、最大の成長を遂げたプロジェクトではないでしょうか。

花崎社長のあと、リンクシェアジャパンの舵取りは、津田圭吾氏が取ることになりましたが、1970年生まれの39才。若い頭脳がどのようにこの企業を引っ張っていくか、成功した企業の後を継ぐのは、順調に伸ばして当たり前、よほどの事がないと評価されない難しい仕事です。

津田氏の経歴を紹介して、この記事の締めくくりにしますが、これから数回にわたって、リンクシェアジャパンの成長の跡をたどりながら、この間の日本のアフィリエイトプログラムについて書いていきたいと思います。

◆リンクシェアジャパン(株)新社長、津田圭吾氏の略歴

1993年東京大学法学部卒業 同年4月三井物産(株)入社
自動車輸出の経理業務に従事。1995年鉄鋼製品本部へ異動。1997年社内語学研修制度によりベトナム駐在。1999年情報産業本部に異動、企業間取り引きに関するインターネット事業に従事。2004年メディア事業部に異動し、消費者向けインターネット関連事業に従事。2006年メディア関連事業のアジア展開に従事、テレビショッピング事業開発を担当。
2009年4月リンクシェアジャパン(株)に出向し、現在に至る。

なお、前社長の花崎茂晴氏は4月1日付けで三井物産のインターネットマーケティング関連事業の責任者(ICTマーケティング事業部インターネット事業室長)に就任し、引き続き社外取締役として津田氏と共にリンクシェア事業の拡大・発展に関与する。
ちなみに花崎氏も東京大学経済学部の出身。後輩に事業の伸展を託したことになる。

このエントリーのトラックバックURL
http://www.affiliateportal.net/mt/mt-tb.cgi/1005


このページの先頭へ戻る