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【編集後記】中越大震災と天保年間のベストセラー「北越雪譜」

投稿者 石川洋一 2005年01月03日 12:16

2005年の元旦は、東京地方、一面雪景色の朝となった。中越大震災で、我が家に帰れず仮設住宅或いは、知人宅に身を寄せて新年を迎えた中越地方の人々の不安は、雪景色に重なる。私は、中越地方と隣り合わせの上越地方、南魚沼郡塩沢町に縁者が多く、中学時代をその地で過ごした。南魚沼郡と云えば日本有数の米所で、「こしひかり」で有名である。

中学時代の友人に、塩沢の我が家の斜め前に住んでいた鈴木君が居た。少し片足を引いていた記憶があるが、頭の良い人だった。この鈴木君が、天保77年(1836年)に出版して、当時のベストセラーになった、「北越雪譜(ほくえつせっぷ)」の著者、鈴木牧之(すずきぼくし)の血を引いていることを、もう少し後で知ることになる。

一時、北越雪譜は、私の座右の書の一つとなった。岩波文庫で出ている。法政大学の清水節治講師の説明を引用させて頂く。

「冬になると、日本列島の太平洋側はカラカラの晴天、日本海側には雪の日が多くなることは、今では誰でも知っている。しかし、それが常識となったのはそんなに旧いことではない。文化の中心はいつも、鈴木牧之のいう「暖国」にあったから、江戸や上方には、雪に苦しむ豪雪地のことなど、全く知られていなかった。その雪国の実態を伝えることに、生涯をかけたのが鈴木牧之だった。

牧之は明和七年(一七七〇)、越後塩沢の縮仲買商の家に生まれた。俳諧をたしなむ父に学問を学び、長じては絵師につき、禅僧に漢詩を学んだ.十七歳の時、縮の商いで江戸に出た時には、書塾に入門もした.後に一流の文人たちと交わる基礎は、こうして築かれた。

 『北越雪譜』は、綿密正確な観察によって、雪国をはじめて総合的にとらえた記録文学と言われる。科学随筆としての再評価も、気象学者などによってなされた.現行高校教科書にも、「雪崩に熊を得る」など幾つかが採録されている。」


ここにも記されているが、「暖国」の人達は、雪国のことをあまり知らない。最近は、スキーで「雪国」に旅行する人達が増えているので、昔ほどではないが、しかし、その生活までは知らない。

近頃は、地球温暖化の影響で、この日本有数の豪雪地帯の雪量もかなり減っているようだが、私が暮らした頃、戦後すぐの時代は、まだ豪雪の名残を充分に残していた。一晩で一メートルの雪が降る。町の中をまっすぐに通る”大通り”(昔の街道である。それほどの道幅はない)に出るには、家の戸口から雪の階段を登らないと出ることはできない。町の通りの高さが、積雪と、家の屋根から雪下ろしのために落とされた雪が重なって、家の二階の高さまでせまっている。

中学校は、隣町の六日町中学校に通っていた。一駅だが列車通学だった。しかし、冬になると積雪のため、列車が止まることがしょっちゅうで、また、列車の時間が不規則になってしまうので、もっぱらスキー通学だった。一里、約4キロ強の雪道、と云っても雪に覆われた田畑の中であるが、毎日のようにスキーで通った。往復8キロ、おかげで、スキーは自分の足のように使いこなせるようになった。

スキーと云っても今のスキー板を想像してもらっては困る。スキー板など勿論売っていない。多くは倉の中にしまい込んである戦前の、雪の上を走るから、かろうじてスキー板と分かる、細長い板を取り出して使っていた。私は、近所の大工さんに頼んで、板の先を曲げてもらって、手製のスキーを作ってもらった。留め具などひもを巻き付けて使ったものである。


中越地方は、上越地方程ではないが、それに匹敵するだけの雪が降る。一年のうち、半年は黒い土を見ることが出来ない生活である。それだけに春の息吹に対する思いが強い。

北越雪譜は、このような「暖国」の人には想像もつかないような豪雪地帯の生活を描いたわけだが、中越地方の地震災害にあった人々は、これから数ヶ月、このような「雪国の生活」を生きなければならない。仮設住宅が与えられたと云っても、かろうじて雨露を凌ぐハコが与えられただけで、日々の快適な生活まで与えられたわけではない。

中越大震災の報道は、数十年ぶりに、故郷の生活を思い出させてくれた。そこでこれから生き抜かなければならない人々を思うと胸が痛くなる。


2005年初頭の雪景色を見て、スキーで通った中学生の頃を思い出した。

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